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はるみとはるか
きょうも寒かったけど日中は昨日に比べると随分マシでした。
ただ朝はやはり冷えました。
土曜の朝はラジオで音楽を聞きつつ掃除洗濯が通例ですが布団から出られずにウダウダしてしまいました。
八百屋と肉屋に行ったのも午後近くになってから。
パラパラと細かい雨が降ってました。
7度前後あったみたいだから雪にはならなかった模様。
ところで先週八百屋で「はるみ」「はるか」「輝き」「不知火」のセットを買ったのですが八百屋のおっちゃんに「どうやったー?」って聞かれました。
不知火は鉄板として「はるみ」がなかなか美味しかったです。
「はるか」も味はまぁまぁだけどちょいと種が多くて厚皮も剥きにくかったかな。
似た名前だけどかなり違う。
「はるか」と「はるみ」どっちを取るかと聞かれたら圧倒的にはるみちゃんですな。
輝きは可も無く不可も無く。
それにしてもぶっきらぼうなおっちゃんが最近結構フレンドリーな感じがするのは気のせいだろうか。
冬場は「風邪薬の代わりだ!」とばかりに気張って高めの柑橘類を買ってるからか?(笑)。
【メモ】645 SEKOR MACROの「MAG SPACER」とは。
Mamiya 645のマクロレンズに使い方の良く分からないリングがあったけど検索して関連記述をやっと見つけた。
なるほどそうだったのか。
ネットありがたや。
955 : 名無しさん脚 : 2007/08/23(木) 13:43:03 ID:2fIS55uF [1/1回発言]
C80mm F4N マクロ について教えてくらはい。
N, Sという文字と1から2までの目盛りがついた
"MAG SPACER"というリングがあるのですが、
これは何なのでしょうか。
名前からすると撮影倍率に関係がありそうですが
予想がつきません。
956 : 名無しさん脚 : 2007/08/25(土) 10:11:22 ID:/aeuBXRN [1/2回発言]
>>955
今、取り説が手元に無いけど、レンズ単体で使用するときはNの位置で
使用。1/2倍までの撮影が可能。専用のマクロスペーサーを使って
等倍で撮影する場合はSの位置に合わせて使用するはず。
N,S位置の切り替えはピントリングを無限遠の位置で切り替えるようにと
書いてあった希ガス。
まあ、通常はNの位置で使用すればOKでしょうね。Sにすると、ピントあわせ時
レンズの繰り出し方が少し違うでしょ?
【メモ】祖父の十三回忌の法事の時の話。
こないだの祖父の十三回忌で親戚が集まっての会食中のこと。
どう言う流れだったかは忘れましたが昔の近所の風景の話しになりました。
建物が無くて和庄の家から現在の本通4丁目までまっすぐに見下ろせたそうです。
4丁目は直線距離で約500メートルくらいの坂の下。
ウチまで登り坂で徒歩10分くらい。
子供の頃の父は4丁目の本屋で祖父がお土産の本を買って来るのを家から確認してたそうです。
本を手に持った豆粒のような祖父の姿が目の前に来るのが相当まどろっこしかったとか。
ずっと見えてるのになかなか到着しないから。
そんなに見通しが良かったとは今では想像もできません。
そこで驚いたのが祖父が小学館の学習雑誌(小学一年生とか)を毎月買ってくれてて父はそれをとても楽しみにしてた、と言う話しです。
実は祖父は孫のわしにも同じように小学館の学習雑誌を小学一年生から六年生までずっと買ってくれていたのでした。
正確には「よいこ」「幼稚園」からずっとです。
キンダーブック派の母はあまり良く思ってなかったようですがw。
しかし祖父が父にも同じ事をしていたのは初耳でした。
そうだったのかー。
びっくりびっくり。
祖父は基本おっかなくてカミナリ爺さんを絵に描いたような人でした。
何度怒鳴られたりゲンコツを喰らったりした事か。
父も似たタイプでプラスいらちで生真面目です。
冗談を言った事が無く7:3くらいの割合で大抵ムスッとしています。
おまけに長年の大学教員生活が染み付いてて発言すべてが理屈っぽい。
そんな父がお酒が入ってるのもあって会食では口が滑らかで
「そりゃあ(本は)楽しみだったけど小学何年生と言うのは漫画が少なくてな。近所の○○くんが揃えていた冒険王や少年クラブと交換して読ませてもらいよった。こっちは(漫画の量は)こんな(指で薄っぺらい厚みを示しながら)じゃろ。向こうはこんな(指を何倍も広げて)じゃけ。悪いのう、と思いながらの。でもやっぱり面白いワケよ。」
などと言うではありませんか。
もう驚天動地。
父の口から冒険王とか少年クラブと言う名前が出てこようとは!。
で、ふと思い出しました。
わしが小さい頃の風潮としてはまだまだ「漫画はいけない物」でした。
真面目な両親に育てられ真面目に育っていた幼いわしもまた「漫画なんか読んじゃいけない」と思ってました。
ところがある日父が突然本屋に連れて行ってくれて
「漫画を買ってやろう」
と言うではありませんか。
わしはきょとんとしました。
「漫画なんか読んじゃいけんのじゃないん?」
と尋ねるとそれには答えず
「好きなの選べ」
と。
好きなの選べと言われてもさっぱりです。
棚には漫画が沢山並んでるけど一体どれを選んで良いものか。
当時小学一年生を読んでいたので山根あおおに先生の名たんていカゲマンとか手塚先生のアトムやユニコ、そしてアニメでも大人気だったドラえもんなんかに目が行きました。
でも決められない!。
散々迷ってドラえもんに決めたのは良いけど次は何巻を選べば良いのか分からない。
1巻から順番に、と言う知恵もないアホな子供だったんですw
するといらちの父は「まだか」と若干イライラして来た様子。
そして
「よし。じゃあ今は6月じゃけ6巻を買ってやろう。あとついでに7巻も。」
と言う訳の分からない理由で父が決めてしまいましたw
かくしてわしが初めて手にした漫画単行本は6歳の6月に買ってもらったドラえもんの6巻と7巻となったのでした。
そりゃあもうボロボロになるまで読みました。
で、父が漫画本を買ってくれたのは後にも先にもそれっきりです(笑)。
ちなみに父は漫画は一切読みません。
アニメも一切見ません。
だからあの時に父が突然取った気まぐれな行動がずっと不可解なままだったんです。
でも父が子供の頃に冒険王や少年クラブの漫画を読んでいたと知って初めて少し謎の一端が解けたような気がしました。
当時わしは小説をはじめとしたお話本ばかり好んで読んでいたんです。
それじゃバランスが悪いと気まぐれに考えたんじゃないかなぁ。
お陰でそれからは漫画も小説もなんでも分け隔てなく読むようになったのでした。
以上。
法事は先々週のことになりましたが面白かった話なので忘れないようにメモっておこうかな、と。
あと、癌で死んだ大阪のマツオのおじさん(正確にはわしから見ると大叔父)とその息子のギラの話なんかも面白かったんだけど長くなったんで今日はここまで。
ぎょうざと運命じゃない人
お昼頃にタクヲさんから「ギョーザ食べよう」と言うメールが届きました。
晩ご飯の予定は特に立てていなかったので丁度良かったです。
夜タクヲさんがいつもの店の生餃子を買って現れました。
うむ。
ここの餃子はやはりうまい。
食後は珍しくDVDなぞを見ました。
タクヲさんは名作「運命じゃない人」を見た事無いと言うのでこれは是非見せなければ、と思っていたのです。
面白いと言ってました。
たった一日の出来事を時系列と視点をちょっとずつずらしながら見せる脚本が秀逸なんです。
お金をかけない地味な映画でも最高に面白い作品が作れる、と言う見本のような作品。
エンドロール開始後の最後の場面のお陰で鑑賞後感が良いのも美点です(人によっては蛇足と思うかも知れないけど)。
まだ見て無い人は見ると良いよー。
お肉屋さんでの衝撃
いつものお肉屋さんに行くと店内になんとなく見た事のあるおじさんが車いすに座っていました。
お肉屋さんのお姉さんとしゃべっているのですが言語が不明瞭で何を言ってるのかよく分かりません。
するとお姉さんが通訳してくれました。
「お客さんの事を覚えてる。いつも自転車で買いに来てくれてた、って言ってますよ!」
なんと車イスの人は五〜六年前までそのお肉屋さんを仕切ってきた店長のおじさんでした。
随分とやせて小さくなっていました。
当時はかっぷくの良いおじさんだったのですがいつ頃かお姿を見なくなったのでした。
どうもその頃脳卒中で倒れられたらしい。
見かけなくなる少し前に「隣町で居酒屋も始めたので良かったら来て下さいねー」と言っていたので見掛けなくなったのはそちらに専念されているのだとばかり思っていたんですが・・・。
そしてさらなる衝撃が。
おじさんを見かけなくなってからは若いお兄さんがメインで店を切り盛りしていました。
で、そのお兄さんも数年前にわしが長期入院した頃に急に見かけなくなりました。
それからは時々手伝いに来ていた今のお姉さんが仕切るようになりました。
なんとなく「居酒屋のほうが忙しくなってお兄さんもそちらを手伝いにいらっしゃってるのかな?」くらいに思っていました。
ところがわしが
「おじさんが倒れられたの知りませんでした。あれからしばらくしてお兄さんもお見かけしなくなりましたがお元気ですか?」
と聞くとお姉さんは
「あれ私の従兄弟なんですけど亡くなったんですよ。事故で。もう4年くらい前かな。」
と教えてくれました。
えええっ!?
もうびっくりです。
わしと同じ年かむしろ何歳か若いくらいのお兄さんです。
今年引退したカープの林投手にちょっと似た顔で人なつこい笑顔をされる方でした。
店先でよく世間話をしたものです。
丁度入院でバタバタしてたタイミングだったんでなんとなく深く聞かないままだったんですが・・・。
まさか亡くなっていたとは!。
どんな事故かは聞いてませんがバイクでお肉の配達もされていたのでその途中での事故だったのかもしれません。
若かったし元気だったし亡くなってるなんてこれっぽっちも想像していませんでした。
亡くなって四年後に知った真実。
事故かぁ・・・。
事故はどんな元気な人でもいきなり亡くなるもんな。
怖い。
あけおめクラッシュきんぐさん
美術館に行ったり、タクヲさんから防湿庫を受取ったり、等々の用事があるとかでクラッシュきんぐさんが来福。
夕方に合流しました。
そーいえば今年に入って初めて会いました。
2月を目の前にしてあけましておめでとうも無いと思うけど渡すつもりだったお年賀用の呉の菓子をやっと渡せました。
天神キタムラ前のオープンカフェ風の焼き小籠包屋さんで一服の図。
↓
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なんかアジアっぽくなったw
その後、我が家で645のポジを見て奈多のタクヲ邸へ。
「サバの塩焼定食が食いてー」と言うタクヲさんの意見があり定食屋で晩ご飯。
帰りにトライアルで買い物をしてタクヲ邸で23時過ぎまであーだこーだ。
で、解散。
そんなおっさんだらけのハナキンの夜でした。
ぬう。