キムタクが亡くなりました

木村拓也さんがマツダスタジアムの試合前のノック中にくも膜下出血で倒れられたのが4月2日。
それから五日。
懸命な戦いも空しくついに意識の戻らぬまま帰らぬ人となってしまいました。
正直、かなりショックです。


長冨投手とトレードで日ハムから来た時の事をよく覚えています。
その時は
「非力な元キャッチャーの外野手?よくわからん選手を取ったなぁ」
と言う印象でした。
しかしスイッチに転向する頃には大好きな選手の一人になっていました。
球場で何度彼のプレーに魅せられた事でしょうか。

それだけにチームが構想外として彼を巨人に放出した時は本当に落胆しました。
しかし、巨人に行ってもずっと応援していました。
(それはアンチ巨人のわしにとっては非常に珍しい事です)
いつかはまた赤いユニフォームに袖を通してくれる事を信じていたのに・・・。
本当に残念でなりません。


広島で最後を迎えたのは彼の運命だったのでしょうか。
もし運命だったとしてもあまりに早過ぎる。

悲しいです。


■緒方孝市引退試合の木村拓選手の打席。
「これぞプロ」と言うまさに狙って打ったセンターフライでした。
今、この時の木村選手の満足そうな笑顔を見ると涙が止まりません。


■先月のプロ野球新人研修での講演の内容。
苦労人ここにあり。
なんて泥臭くもかっこいい生き方だろうか。
http://www.giants.jp/G/museum/2009/information/info_40309.html


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100407-00000026-jij-spo

巨人・木村拓コーチ死去=試合前倒れ回復せず、37歳

4月7日8時6分配信 時事通信

くも膜下出血のため広島市内の病院に入院していたプロ野球巨人の木村拓也(きむら・たくや)内野守備走塁コーチが7日午前3時22分、死去した。37歳だった。宮崎県出身。葬儀などは未定。
同コーチは2日、広島市のマツダスタジアムで行われた対広島1回戦の試合前、グラウンドでノックをしている最中に倒れ、救急車で搬送され、危険な状態が続いていた。
宮崎南高から1991年、捕手としてドラフト外で日本ハムに入団し、翌年外野手に転向。95年広島、2006年巨人に移籍した。投手以外の全ポジションを守れる貴重なユーティリティープレーヤーで、俊足のスイッチヒッターとしても活躍した。
昨季限りで引退し、コーチに就任した。現役通算成績は1523試合で打率2割6分2厘、53本塁打、280打点、103盗塁。


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投稿者: hassei 日時: 2010年04月07日(水) 08:11

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